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札幌地方裁判所 昭和45年(ワ)1019号 判決

主文

一  被告らは各自、原告大崎エツに対し金三五一、五七五円および内金三〇一、五七五円に対する昭和四三年五月二九日から、内金五〇、〇〇〇円に対する昭和四八年八月二六日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告大崎エツのその余の請求および原告伴辺正裕、同大崎昭正の各請求は、いずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告大崎エツと被告らとの間に生じたものは、これを一〇分しその一を被告らの負担、その余を同原告の負担とし、原告伴辺正裕、同大崎昭正と被告らとの間に生じたものは、全部同原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告らは各自、原告大崎エツに対し金九、九六四、四五七円および内金九、一五四、四五七円に対する昭和四三年五月二九日から、内金八一〇、〇〇〇円に対する本判決言渡の日の翌日から各完済まで年五分の割合による金員を、原告伴辺正裕に対し金二二〇、〇〇〇円および内金二〇〇、〇〇〇円に対する昭和四三年五月二九日から、内金二〇、〇〇〇円に対する本判決言渡の日の翌日から各完済まで年五分の割合による金員を、原告大崎昭正に対し金二二〇、〇〇〇円および内金二〇〇、〇〇〇円に対する昭和四三年五月二九日から、内金二〇、〇〇〇円に対する本判決言渡の日の翌日から各完済まで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

(被告北部小型運送有限会社)

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

(被告国)

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決ならびに原告ら勝訴の場合は仮執行免脱の宣言を求める。

第三請求の原因

一  (事故の発生)

訴外伴辺治美(以下、「亡治美」という。)は、次の交通事故(以下、「本件事故」という。)によつて傷害を受けた。

1  発生日時 昭和四三年五月二九日午後四時一〇分ごろ

2  発生場所 旭川市神居町春志内国道一二号線上(以下、「本件道路」という。)

3  加害車(甲)普通貨物自動車(旭一た一二七七)

右運転者 今井勲(以下、「訴外今井」という。)

加害車(乙)普通貨物自動車(札一あ七四二四)

右運転者 藤原忠光(以下、「訴外藤原」という。)

4  被害者 亡治美(当時、加害者(乙)に同乗中)

5  事故の態様 訴外藤原は、加害車(乙)を運転して本件道路上を旭川方面より札幌方面に向け進行中、右側から本件道路を右折横断してきた訴外今井運転の加害車(甲)に衝突され、その衝撃により、自車を対向車線上に進出させてしまい、折りから対進中の車両と更に衝突した。

6  結果 その結果、亡治美は、脳挫傷、外傷性視神経障害、右大腿骨々折、の傷害を負い、次のとおり入通院して治療を受けたが、記銘力減退、知的水準低下、精神作業減退、軽躁状態などの頭部外傷後精神障害および右視野狭窄の後遺障害が残存した。

「旭川赤十字病院」入院 昭和四三年五月二九日~同年八月一三日(七七日)

「札幌市立病院」 入院 昭和四三年八月一四日~同年九月二八日(四六日)

通院 昭和四三年九月二九日~同年一〇月六日(但、実治療日数は六日)

通院 昭和四三年一一月一日~同四四年五月二三日(但、実治療日数は四四日)

「林下病院」 入院 昭和四三年一〇月七日~同年同月二一日(一五日)

通院 昭和四三年一〇月二二日~同年同月二八日(但、実治療日数は二日)

「石丸歯科医院」 通院 昭和四三年一〇月二五日~同年一一月二日

(但、実治療日数は四日)

「札幌第一病院」 通院 昭和四三年一一月一日

二  (亡治美の死亡)

亡治美は、本件事故によりきわめて重篤な傷害を負い、前記のとおり入通院して治療を受けたが完治せず、前記後遺障害が残り、また、被告北部小型運送有限会社(以下、「被告会社」という。)から示談交渉の委任を受けていた長谷川某に「死んだ方がよかつた」旨いわれたことなどから、将来を悲観し絶望のあまり、ついに昭和四四年五月二六日、自殺するに至つた。

三  (責任原因)

1  被告国の責任

被告国は、加害車(甲)を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから自賠法三条による責任がある。

2  被告会社の責任

被告会社は、加害車(乙)を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任がある。

四  (損害)

1  亡治美の被つた損害

(一) 治療関係費

(1) 治療費 八八三、六〇一円

(2) 付添看護費用 一五二、五〇〇円

(内訳)イ 原告伴辺正裕が付添した分 昭和四三年五月二九日から同年六月一八日まで二一日間、一日当たり一、〇〇〇円の割合による合計二一、〇〇〇円

ロ 原告大崎エツが付添した分 昭和四三年五月二九日から同年八月一三日までのうち二八日間および同年八月一四日から同四四年五月二三日までのうち五七日間、一日当り一、〇〇〇円の割合による合計八五、〇〇〇円

ハ 職業付添婦が付添した分 昭和四三年六月一九日から同年七月一八日まで三一日間、一日当り一、五〇〇円の割合による合計四六、五〇〇円

(3) 入院諸雑費 四一、四〇〇円

入院期間(一三八日)中、一日平均三〇〇円の割合による諸雑費を支出した。

(4) 通院交通費 九、一二〇円

通院期間(五七日)中、一日当り一六〇円の割合による通院交通費を支出した。

(二) 逸失利益

(亡治美の年令) 事故当時満二〇才(昭和二三年四月二六日生)

(亡治美の職業) 会社員(訴外北海道淡水魚株式会社勤務)

(1) 休業損害 五〇八、〇〇〇円

(平均年収入) 五〇八、〇〇〇円

(休業期間) 昭和四三年五月二九日から一年間

(損害額) 五〇八、〇〇〇円

(2) 労働能力喪失による損害 一〇、八二五、〇七三円

(平均年収入) 五〇八、〇〇〇円

(労働能力喪失率) 一〇〇パーセント

(就労可能年数) 三九年間(二一才~六〇才)

(中間利息控除) 複式年別ホフマン計算表(係数は二一・三〇九二)

(現価) 一〇、八二五、〇七三円

算式 508,000×21.3092=10,825,073

なお、亡治美は、前記のとおり本件事故後約一年を経て自殺するに至つたものであるが、同人が被つた労働能力喪失による損害は、本件事故発生時において既に具体的に発生していたものであつて、同人の自殺の事実は、それが本件事故に起因するものである以上、右労働能力喪失による損害の額の算定上しん酌すべきではない。仮りに右主張が容れられないとしても、本件事故と右自殺との間に相当因果関係がある。すなわち、亡治美は、被告会社の代理人もしくは使者である訴外長谷川某から「お前が死んだ方がよかつた」と罵倒され、あるいは、「友達を乗せていたことについて責任をとつてもらわなければならない」等脅迫的言辞を弄され痛く精神的打撃を受けたのであるから、被告らの加害者側において、亡治美の自殺を予見しまたは予見しうる状況にあつたのである。

(三) 慰謝料 二、六〇〇、〇〇〇円

亡治美が、本件事故により被つた精神的苦痛を慰謝すべき額としては、二、六〇〇、〇〇〇円が相当である。

2  相続

原告大崎エツは、亡治美の母であり、唯一の相続人であるから、亡治美の死亡により同人の以上合計一五、〇一九、六九四円の損害賠償請求権を相続により取得した。

3  原告らの被つた損害(慰謝料)

(一) 原告大崎エツの慰謝料 一、〇〇〇、〇〇〇円

亡治美の本件事故による受傷によつて、その母である原告大崎エツが被つた精神的苦痛を慰謝すべき額としては、一、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

(二) 原告伴辺正裕、同大崎昭正の慰謝料 各二〇〇、〇〇〇円

原告伴辺正裕は亡治美の兄として、原告大崎昭正はその弟として、それぞれ被つた精神的苦痛を慰謝すべき額としては、各自につき二〇〇、〇〇〇円が相当である。

4  損害のてん補 四、一六六、四三七円

原告大崎エツは、自賠責保険金として四、〇〇〇、〇〇〇円を、被告から一部弁済金として一六六、四三七円を、それぞれ受領したから、その限度で損害がてん補された。

5  弁護士費用

原告らは、弁護士費用として次のとおりの損害を被つた。

(一) 原告大崎エツ 一、〇一〇、〇〇〇円(着手金として二〇〇、〇〇〇円成功報酬として八一〇、〇〇〇円)

(二) 原告伴辺正裕、同大崎昭正 各二〇、〇〇〇円(成功報酬として)

五  (結論)

よつて、被告ら各自に対し、原告大崎エツは以上合計金九、九六四、四五七円およびこれより弁護士費用(成功報酬分)を控除した金九、一五四、四五七円に対する本件事故の日である昭和四三年五月二九日から、弁護士費用(成功報酬分)金八一〇、〇〇〇円に対する本判決言渡の日の翌日から、各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告伴辺正裕は以上合計金二二〇、〇〇〇円およびこれより弁護士費用を控除した金二〇〇、〇〇〇円に対する本件事故の日である昭和四三年五月二九日から、弁護士費用金二〇、〇〇〇円については本判決言渡の日の翌日から、各完済まで前記割合による遅延損害金の支払を、原告大崎昭正は以上合計金二二〇、〇〇〇円およびこれより弁護士費用を控除した金二〇〇、〇〇〇円に対する本件事故の日である昭和四三年五月二九日から、弁護士費用金二〇、〇〇〇円については本判決言渡の日の翌日から、各完済まで前記割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

第四請求の原因に対する答弁

(被告会社)

一  請求原因第一項(事故の発生)中、後遺障害に関する点は否認するが、その余の事実は認める。

二  同第二項(亡治美の死亡)中、亡治美の入通院の事実および原告ら主張の日に亡治美が自殺した事実は認めるが、その余の事実は否認する。亡治美の自殺は本件事故と因果関係がない。

三  同第三項(責任原因)2の事実は認める。

四  同第四項(損害)中、亡治美が九、一二〇円の通院交通費を支出したこと、同人の年令、職業、原告大崎エツが亡治美の母であり、唯一の相続人であること、同原告において、その主張のような損害のてん補を受けていること、原告伴辺正裕、同大崎昭正が亡治美の兄弟であること、原告らの訴訟委任の事実はいずれも認めるが、その余の事実は不知であり、損害額の相当性については争う。

(被告国)

一  請求原因第一項(事故の発生)中、後遺障害に関する点は不知であるが、その余の事実は認める。

但し、札幌第一病院への通院は、薬物中毒の治療のためのもので、本件事故と相当因果関係がない。

二  同第二項(亡治美の死亡)については、被告会社の答弁と同じ。

三  同第三項(責任原因)1の事実は認める。

四  同第四項(損害)中、亡治美が治療費として八八三、六〇一円(但し、その内薬物中毒の治療費たる六、一六四円については本件事故と相当因果関係がない。)、通院交通費として九、一二〇円を各支出したこと、亡治美の年令、職業、原告大崎エツが亡治美の母であり、唯一の相続人であること、同原告において、その主張のような損害のてん補を受けていること、原告伴辺正裕、同大崎昭正が亡治美の兄弟であること、原告らの訴訟委任の事実はいずれも認めるが、その余の事実は不知であり、損害額の相当性については争う。

第五免責の抗弁(被告会社)

本件事故は、訴外今井運転の加害車(甲)が、本件道路を右折横断するに際し、左方から直進してきた訴外藤原運転の加害車(乙)の動静に注意を払うことなく慢然と右折横断を開始したために生じたもので、訴外今井の一方的な過失によるものというべく、訴外藤原には何らの過失もなかつたし、加害車(乙)には構造上の欠陥、機能の障害もなかつた。従つて、被告会社は、自賠法三条但書により免責さるべきである。

第六免責の抗弁に対する答弁

訴外藤原に過失がなかつたとの点は否認し、加害車(乙)に構造上の欠陥、機能の障害がなかつたとの点は不知である。

第七証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因第一項(事故の発生)の事実中、後遺障害の点を除くその余の事実、同第二項(亡治美の死亡)の事実中亡治美が昭和四四年五月二六日に自殺した事実および同第三項(責任原因)1、2の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、被告会社主張の自賠法三条但書所定の免責事由の有無について判断する。

〔証拠略〕を総合すると次のような事実を認めることができる。

1  本件道路は、旭川方向(西方)より札幌方向(東方)に通じる幅員八・八メートルの歩車道の区別のないアスフアルト舗装の国道で、後記加害車(甲)が土砂捨場から本件道路に進入しようとした地点から西方東方ともそれぞれ二〇〇余メートルの間は直線をなしており見とおしは良好である、現場はいわゆる非市街地であつて車両の交通量は多く、また当時、雨あがりのために路面は湿つてスリツプしやすい状態であつた。なお、格別の交通規制はない。

2  訴外今井は、本件道路南脇に設けられた土砂捨場(長さ約三〇メートル、奥行き八メートル)で作業を終えた後、加害車(甲)を運転し右土砂捨場から札幌方向に進行するため、はじめに加害車(甲)を本件道路南端(右土砂捨場の北端)にその前方を北方に向け右ウインカーをつけて停止し、次いで、本件道路を右折横断すべく発進した。その際、旭川方向より札幌方向に向け時速約六〇キロメートルの速度で進行してくる訴外藤原運転の加害車(乙)を西方約八〇ないし九〇メートルの地点に発見したが、特段停止等の措置を採ることなく進行を続けた結果、本件道路北端より約二・五メートル中央線寄りの地点において、自車左前部を右訴外藤原運転の加害車(乙)の右後部側面に衝突させ、その衝撃のため加害車(乙)は対向車線上を暴走することとなり、おりから対面進行してきた車両と再度衝突した。

3  一方、訴外藤原は衝突時までの間、何ら減速等の措置を採ることなく前記速度のまま進行を続けており、衝突直前にハンドルを左転把して加害車(甲)との衝突を回避しようとしたが間にあわなかつたものである。(なお、同訴外人は同車をどの地点で発見したかはよく記憶していない。)

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

そこで、訴外藤原の過失の有無につき考えるに、前記認定の事実に照らせば本件道路は直線で見とおしがよかつたことおよび訴外今井が約八〇ないし九〇メートル前方で訴外藤原運転の加害車(乙)を現認していることからすると、訴外藤原においても車の前方を北方に向けて道路右端に位置している加害車(甲)を前記の距離で発見していたものと推認される。

しかるに同訴外人は同車の動静に十分注意することなく、慢然と前記速度のまま進行を続けた結果、本件事故発生回避のための適切な措置を講じえなかつたものということができるからこの点において同人の過失は免れることができないものというほかない。

従つて、訴外藤原の無過失を前提とする被告会社の免責の抗弁は、その余の点につき判断するまでもなく認めることができない。

三  次に、本件事故により亡治美および原告らが被つた損害について判断する。

(一)  亡治美の被つた損害

1  治療費

〔証拠略〕によれば、亡治美の本件事故による傷害の治療費用として八七七、四三七円を要したことが認められる(この点は、原告らと被告国との間では争いがない。)

なお、〔証拠略〕によれば、亡治美は、昭和四三年一一月三日、品名不明の睡眠剤を八〇錠服用し急性中毒症状に陥いつたため、同日、札幌第一病院において治療を受け、その費用として六、一六四円を要したことが認められるが、これは、同人の自殺企図による結果であつて、本件事故と相当因果関係のある損害とは認めがたい。

2  付添看護費用

〔証拠略〕を総合すると、亡治美は、受傷直後より意識障害、大腿骨々折などのため起居、歩行が困難となつたため、昭和四三年五月二九日の入院時より少くも同年七月一八日までの間は、付添看護を必要とする状態が継続したこと、特に、入院後三週間の間は意識を失つた状況にあり、昼夜をわかたぬ付添看護の必要があつたため、少くも二名の付添看護人を要する状態であつたこと、そこで、原告伴辺正裕が、昭和四三年五月二九日から同年六月一八日まで、原告大崎エツが、同年五月二九日から同年六月二五日ごろまで、それぞれ亡治美に付添い看護したほか、同年六月一九日から同年七月一八日まで職業付添婦に依頼して看護にあたらせたことが、それぞれ認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。そして、右付添看護費用としては、付添人一人、一日につき一、〇〇〇円とするのが相当であるから、結局、亡治美は次のとおり合計七二、〇〇〇円の損害を被つたこととなる。(なお、原告らは、職業付添婦に対する費用として一日当り一、五〇〇円の割合による金員を請求しているが、現実に右費用を要したことを認めるに足る証拠のない本件においては、家族による付添費用と同様の割合で算定するほかはない。また、原告らの主張する亡治美の通院の際の付添費用は、その必要性を認めるに足る証拠がないから、これを認めることはできない。)

原告伴辺正裕の付添つた分(昭和四三年五月二九日から同年六月一八日までの二一日間) 二一、〇〇〇円

原告大崎エツの付添つた分(昭和四三年五月二九日から同年六月一八日までの二一日間。その後の付添は職業付添婦依頼後のものであり、同月一九日以降二名の付添看護人を必要としたとの証拠がないから、同原告の付添つた同日以降同月二五日ごろまでの間の分は認められない。) 二一、〇〇〇円

職業付添婦の付添つた分(昭和四三年六月一九日から同年七月一八日までの三〇日間) 三〇、〇〇〇円

以上合計 七二、〇〇〇円

3  入院諸雑費

亡治美が、本件事故による傷害のため、合計一三八日間入院したことは、当事者間に争いがないところ、同人の受傷の部位、程度に鑑みれば、同人はその入院期間中、諸雑品等の購入代金等として少くとも一日につき平均三〇〇円を下らない金員の支出を要したであろうことが推認でき、結局、合計四一、四〇〇円の損害を被つたこととなる。

4  通院交通費

亡治美が、その通院期間中、交通費として合計九、一二〇円を支出したことは、当事者間に争いがない。

5  休業損害

〔証拠略〕によれば、亡治美は、昭和四三年二月か三月ごろから訴外北海道淡水魚株式会社に勤務し(この点は、当事者間に争いがない。)、月額二三、〇〇〇円の賃金を得ていたものであるが、本件事故による受傷のため前記のごとく入院し、林下病院を退院した後も後記認定の諸症状を有しているため、同病院および札幌市立病院において通院治療を継続し(通院の事実については、当事者間に争いがない。)、その結果、昭和四三年五月二九日から自殺するまでの間はまつたく就労しえない状況にあつたものであるところ(亡治美は、昭和四四年五月二四日に復職しているが、右は徐々に身体を仕事に慣らすためのもので、現実には稼働することは困難な状態にあつた。)、右訴外会社に亡治美と同時に入社し、年令、学歴、仕事内容において亡治美とほぼ同様であつた屋敷博治が得た収入についてみるに、同人の賃金は昭和四三年八月より昇給し、一か月三九、〇〇〇円となつたほか、同年六月および一二月に賞与として合計六二、〇〇〇円、同年一〇月に石炭手当として一〇、〇〇〇円をそれぞれ得ていることが認められるから、他に特段の事情の認められない本件にあつては、亡治美もまた就労していれば、右屋敷博治と同様に昇給し、また同額の賞与、石炭手当の支給を受けえたものと推認することができる。しかるに右証拠によれば、亡治美は昭和四三年五月に同月分の賃金二三、〇〇〇円、同年一〇月に石炭手当一〇、〇〇〇円の支給を受けたにすぎないことが認められるから、亡治美がその休業期間中において失つた得べかりし収入を算定すると次のようになる。

(1) 43 6 1~7 31・・23,000×2=46,000

〈省略〉

(2) 43 6 12・・62,000

(1)+(2)=491,500

これを原告大崎エツの求める遅延損害金の起算日たる昭和四三年五月二九日に一時に受けとるものとして、ホフマン計算法によりその価額を求めると、四六八、〇五五円(円未満切捨)となる。

算式 491,500×0.9523=468,055

6  労働能力喪失による損害

(1) 亡治美が、昭和四四年五月二六日自殺したことは当事者間に争いがない。

(2) 原告大崎エツは、右自殺時以後における亡治美の逸失利益につき被告らに賠償義務があると主張するところ、その理由とするところは、亡治美は本件事故による身体障害により全労働能力を喪失し、これによる損害は本件事故時において既に発生しているのであるから右損害を算定するに当つては右死亡の事実を斟酌すべきではない。仮りにそうでないとしても、本件事故と右自殺との間に相当因果関係があるからであるというにある。

この点について当裁判所は以下のように考える。

稼働能力ありと認めうる被害者が事故にあいその後自殺した場合において、自殺後の時期における逸失利益は死亡により生じた損害であるから、端的に、加害者が右死亡による損害について賠償責任を負うか否かの問題として把握すべきであり、加害者においてその賠償義務があるというためには、結局事故と自殺との間に相当因果関係の存すること、すなわち、交通事故の被害者がその被つた精神的肉体的苦痛のため自殺を決意しこれを実行するということが、事故によつて通常生ずる結果といえるか、あるいは加害者らにおいて、被害者が事故によつて受けた苦痛のため自殺するに至ることを予見しまたは予見しうる状況にあつたといえることが必要である。

(3) そこで本件につきこれをみるに、〔証拠略〕によれば、亡治美は本件事故に会うことなく、また自殺することがなければなお稼働し、収入をあげえたことが明らかであるところ、〔証拠略〕を総合すると、次の事実を認めることができる。

イ 亡治美は、本件事故による受傷のため直ちに旭川赤十字病院に入院し、右大腿骨のキユンチヤー固定手術を受けた。同人は、事故後三週間の間、意識の障害が継続し、その改善とともに右視力障害を訴えるようになつた。そして、昭和四三年八月一四日、札幌市立病院に転院し、脳神経外科と整形外科において治療を受けたが、脳の器質的変化としては脳表の萎縮と脳室系の全般的な拡大が認められたほか、右視神経の損傷があり、記銘力の減退がはげしく(亡治美には事故後約一ケ月間の外傷性健忘がある。)、また、右視力は〇・四(左のそれは一・〇)で視野狭窄状態であつた。これらのほか、亡治美の症状としては性格変化とみらるべきものが顕著であつて、札幌市立病院に入院中も、怒り易く落ち着きがなくなつて、検査、治療に対して非協力的態度をとるほか、単純思考、無抑制、理解力の欠如、反抗的な状態が認められたため、昭和四三年一〇月七日に同病院医師の紹介で、精神科専門の林下病院に入院したが、そこでも「軽躁状態で落ち着きなく、不眠、多弁、多動」との診断であつたが、亡治美を閉鎖病棟に入れることをきらつた母親(原告大崎エツ)の希望で症状の改善をみることなく、同月二一日同病院を退院し、その後昭和四四年五月二三日まで札幌市立病院に通院し続けた。

ロ 亡治美は事故前までは、学業成績は特段すぐれていたということはないが、性格的には明朗で職場でも真面目に勤務していたが、事故後は家族の者に対しても怒りつぽく、無抑制な態度で接するようになり、事故のことばかり話するという状況であつた。また、本件事故当時、加害車(乙)に同乗していた亡治美の友人が、事故のため死亡しており、亡治美は母親に対して、右友人の父親から「お前が死んだほうがよかつた」旨、いわれたと訴えることが多く、右友人の死を気にしていたことがうかがわれる。そして、昭和四三年一一月三日、亡治美は自宅において突然睡眠剤を八〇錠程服用し、手首を切つて自殺を図つたが、発見が早かつたため命をとりとめている。

ハ 右自殺企図後も、亡治美は札幌市立病院に通院しており、昭和四四年四月下旬当時の同人の症状としては、脳挫傷、右視神経損傷の後遺障害として、記銘力減退、知的水準の低下、精神作業量減退、右視野狭窄が従前と比べほとんど改善することなく残存していたが、この後遺障害に限つていえば当時軽易単純な労働に従事することは可能な状況にあつた。しかしながら一方で、右大腿骨々折の点は、必ずしも完全治ゆしておらず、昭和四四年四月二八日段階でようやく假骨形成がおおむね完了した状態となつたが、抜鋼は同年六月末ごろの予定であつた。

ニ 体力の回復、鍛練をかねて職場に復帰することを医師からすすめられたこともあつて、亡治美は、昭和四四年五月二四日から泊りこみで、もとの職場に戻り、二日間特別仕事らしい仕事もすることなく、またその間、母親と電話で話したりして別段変りなく過ぎたが、同年同月二六日、会社(訴外北海道淡水魚株式会社)倉庫内において首つり自殺している亡治美が発見された。その際、亡治美の服のポケツトから遺書らしきメモが発見され、それには「私しの不注意によつて事故をおこしましておゆるし下さい 私しは何をやつてもだめな人間です これから生まれてくる時は良い人間になつてくることでしよう…そういのつています 会社の皆様にめいわくがかかるとお思いますけどおゆるし下さい 母によろしく さようなら」との記載があつた。

以上のとおり認められ、右認定に反する証拠はない。

(4) そこで、本件事故と亡治美の自殺との間に相当因果関係が存するか否かにつき考えるに、亡治美の自殺の動機が奈辺にあつたかは必ずしも定かではないが、事故当時同乗していた友人の死亡を気にかけていたことに加えて、単純思考、無抑制といつた性格から突発的に自殺を決意し、実行に移したものと考えられ、本件事故に関すること以外に自殺の原因として考えられる特段の事情も認められないことからすると、本件事故と亡治美の自殺との間には、本件事故がなければ亡治美も自殺することはなかつたであろうという条件関係の存することが推認できる。しかしながら、自殺当時の亡治美の症状は、前記のような後遺障害を残しはしたものの、徐々に軽易な労働に従事しうる程度まで回復していたこと、亡治美自身も職場復帰を決意し、自殺までの二日間会社に泊りこんでいたことから考えると、肉体的な面からすれば自殺せねばならない程の切迫した状況にあつたとは認めがたいし、また、前記のような亡治美の性格変化が自殺とどのような関係にあるのか明らかでないが、仮にその性格変化が自殺という現象に影響をおよぼしていたとしても、そのような性格変化が本件事故による亡治美の受傷から通常生じうると認めることは極めて困難であるといわざるを得ない。

また〔証拠略〕において、「亡治美は長谷川某等から“お前が死ねばいいんだ”と言われたと言つて悩んでいた」旨供述するが、真実長谷川が亡治美にそのような言辞を弄したか本件証拠上明らかでないばかりでなく、仮りにそうであつたとしてもこれをもつて被告ら加害者側において亡治美の自殺を予見しまたは予見しうる状況にあつたと認めることも困難である。結局、本件事故と亡治美の自殺との間に相当因果関係があるものとは認めることができず、従つて、亡治美の死亡により生じた財産的損害を被告らに負担させることはできないものというほかない。但し、本件事故と亡治美の自殺との間に条件関係が認められることは前記のとおりであるから、同人の慰謝料を算定するにあたつては右の事情をしん酌することとする。

7  亡治美の慰謝料

当事者間に争いのない亡治美の受傷の部位、程度、入通院状況およびすでに認定した後遺障害の内容、程度ならびに前記自殺の事実等諸般の事情を考慮して、本件事故により亡治美が被つた精神的苦痛を慰謝すべき額は、三、〇〇〇、〇〇〇円とするのが相当である。

8  相続

原告大崎エツが、亡治美の母であり、唯一の相続人であることは当事者間に争いがないから、同原告は、亡治美の死亡により同人の以上合計四、四六八、〇一二円の損害賠償請求権を相続により取得したことととなる。

(二)  原告らの被つた損害(慰謝料)

原告大崎エツが、亡治美の母で、原告伴辺正裕、同大崎昭正がその兄弟であることは、当事者間に争いがない。しかしながら、亡治美の死亡と本件事故との間に相当因果関係が認められない本件において、原告ら近親者に固有の慰謝料請求権を認めうるのは、被害者たる亡治美の受けた傷害、後遺症等によりその生命侵害にも比肩すべきような精神的苦痛を原告らが被つた場合に限られると解すべきところ(なお、兄弟の場合には、これに加えてさらに被害者と密接な生活関係にある等特別の事情の存することが必要である。)、亡治美の受傷の程度、後遺症等に照らせば、未だ原告らに固有の慰謝料請求権を認めることはできない。

(三)  損害のてん補

原告大崎エツが、本件事故に関し自賠責保険金として四、〇〇〇、〇〇〇円を、また被告らの一部弁済金として一六六、四三七円を、受領したことは当事者間に争いがないから、その限度で損害がてん補されたこととなる。

(四)  弁護士費用

本件事案の性質、難易等本訴にあらわれた一切の事情に鑑み、原告大崎エツの弁護士費用として被告らに賠償せしめるべき額としては、五〇、〇〇〇円が相当である。

(なお、原告伴辺正裕、同大崎昭正の弁護士費用は、同原告らの被告らに対する慰謝料請求権が認められない本件においては、これを被告らに負担させることはできない。)

四  よつて、原告大崎エツの被告ら各自に対する本訴請求は、右合計三五一、五七五円およびこれより弁護士費用を控除した三〇一、五七五円に対する本件事故の日である昭和四三年五月二九日から、弁護士費用五〇、〇〇〇円に対する本判決言渡の日の翌日から、各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を求める限度で認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、原告伴辺正裕、同大崎昭正の被告ら各自に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原昇治 小田八恵子 佐藤久夫)

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